群馬県・万騎峠から二度上峠へ/サイクリングの記憶

前回の追憶のサイクルツーリングは「信州・麦草峠からぶどう峠・志賀坂峠」への道のりでした。
今回は秋に向けてのコース、しかもロードレーサーです。
プロフィールマップをご覧下さい、二度上峠から高崎駅までは、ひたすら下りでしょう。
まさにロード向けのコースです。
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それでは・・・、
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■年月
2003年11月
■走行ルート
JR郷原駅-県道58-国道406-万騎林道(万騎峠)-県道54(二度上峠)-国道406-JR高崎駅父駅
■車種
ロードレーサー
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本日は新車(ロード)での初サイクリングだ。まだ新品のフリーのラチェット音が小気味好い。手元シフトなのに、右手がダウンチューブについつい伸びてしまうのは、まぁ、ご愛嬌か(笑)。
実はコース設定には予想外に難航した。勾配はそんなにキツくなく、道も綺麗で、走り抜けるようなコース取り・・・とアレコレ考えてしまうと、意外と思いつかない。いつものパスハンでは、ダートだろうが何だろうが構わずく突っ込んでいけるし、コース自体も気の向くまま、足の向くままの旅だからだ。
こんな時は正直に自転車店のご主人に相談するのが一番よい。という訳で今回ご紹介頂いたのが、群馬県の二度上(あげ)峠である。峠から高崎まで40kmの下り坂と伺って、これはラクチン(^o^)と即座に決めた(笑)。
万座鹿沢口駅からの出発をお薦め頂いたが、二度上峠の北にある「万騎峠」という名前に何となく惹かれて、手前の郷原駅からの出発とした。その分、交通費も浮くしネ。(;^_^A
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無人の郷原駅には9時前に到着。現在の気温は5度、体が温まるまでは暫く辛抱だ。峠道に入れば否が応でも上着は脱ぐことになるだろうから。
県道58号から国道406号へ進み、まずは万騎峠を目指してジワジワと登っていく。交通量はソコソコ多いが、清水の集落まで来ると、その数も減ってくる。
やがて分岐点に到着。直進は須賀尾峠へ続く道なので、左の万騎林道へ。「万騎峠へ5.6キロ」と書かれた木の案内版が目印だ。
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残念ながら紅葉は終わってしまったが、そのかわり落ち葉が道の両端に敷き詰められている。カラマツに囲まれた一本道は、自分の息づかいと鳥の囀りだけが聞こえてくる。
空気は冷たいが、落葉した木々の間から差し込む日差しが柔らかい。
そして勾配が増すにつれ、いよいよ体が温まってきたのか、額から汗がポタポタと滴り落ちてくる。
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 11時過ぎに峠に到着。標高は1,281m。道幅いっぱいにジグザグ走行を多用し、何とかワンピッチで登ることが出来た。
風が鞍部を吹き抜けるので、少し下りた場所の日溜りを見つけ、持参したオニギリで少し早い昼食にする。
峠を見渡せば、南へ降りていく山道に踏み後が残っている。現在でも使われているのだろうか。
さて、この峠は吾妻町と長野原町の町境に位置し、現地の説明版によると、かつては草津の湯治客や善光寺参りの旅人、また、蕎麦、大豆、硫黄などの各種交易の道であったそうだ。しかし明治26年の信越本線開業により廃れてしまったとのこと。

そして峠名の由来(伝説)については、同じく説明があったので全文を引用させて頂く。
【源頼朝の三原・那須の狩りの際、狩宿の地に宿泊ののち、頼朝が万騎の兵を従えて峠を越えた率いて越えたことに由来する。 また別名を万字峠とも言われ、前記狩りの峠越えのときに、山中の狐や狸が勢子(せこ)に化けて行列にはいって邪魔をするので、陣笠に卍の印をつけて越したことから卍(まんじ)峠といったのが、いつのまにか、万字・万騎となってしまったという伝説がある。】
あるいは屈曲の多い峠道を「万字峠」と言う説もある(※1)。この峠が当てはまるかどうか、旧道を探索しなければ分からないが・・・。ふと思い出したが、東京の秋川にも満地峠(万字峠)という小さな峠がある。この峠も同様の由来だろうか。
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1時間ほどノンビリ休憩したので、そろそろ次の二度上峠へ進む時間だ。
峠を下って林道も無事終了し、舗装された農道に入る。雪化粧が薄っすらとした浅間山を正面右手に見ながら、狩宿から北軽井沢へ、やや登り基調の道を進んでいく。道すがら猟犬を連れた何人ものハンターを見かけ、時おりパン!という大きな銃声が響き渡る。熊?鹿?何だろう?
やがて右手に牛舎をやり過ごし、別荘地を抜ければ、間もなく県道54号に合流。勾配は先の万騎峠よりも緩いはずだが、既に体力を使い果たし、足が売り切れ寸前。(写真は登り道)
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山肌を緩やかに巻き始め、空が開けると、もう峠はすぐそこだ。時刻は14時過ぎ、何とか無事に到着。
峠の標高は1,390m。高台もあり展望はなかなか良い。車も何台か駐車しており、皆さんもカメラを手にされている。
場所は、駒髪山の南、ちょうど長野原町と倉渕村の境界に位置する。命名は峠西方にあった「二度上」という地名に由来し(※2)、別名を「二度上腰」(※3)とか、峠に駒髪神社を祀ったことから「駒髪峠」とも呼ぶとのこと(※4)。峠から駒髪山へ向かう石段を登ると、現在でも鳥居がある。
「二度上」という地名は、鉄道ファンの方なら、現在では廃線となった草軽電鉄の「二度上駅」を思い出されるかもしれないですね。
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高台から見降ろした様子。上の写真は登ってきた長野原町側正面は標高1,757mの浅間隠(かくし)山。下はこれから向かう倉渕村側、正面は標高1,757mの浅間隠(かくし)山。
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南東の山並みを背景に。写真真ん中の尖がっている山は標高1,393mの角落(つのおち)山、右隣は1,430mの剣ノ峰だ。
さて、これで本日の峠も無事終了。あとは倉渕村を抜け、烏川に沿って高崎駅までひたすら落ちていくだけだ。それに本日はロード、そしてアウターが50丁もあるので、下りでもペダルを踏むことが出来る。調子に乗ってぶっ飛ばしていると、あっという間にスピードが出てしまう。
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倉渕村は道祖神の宝庫でもある。全部で76箇所、中でも双体道祖神が多いという(※5)。
写真は落合交差点近くの夫婦和合姿の珍しい双体道祖神。通称「落合の道祖神」。下になった女神が着物の裾を開き男神と抱擁している。浮世絵の影響だろうか?
現地の説明書きによると、宝暦10年(1760年)頃の道祖神だそうだ。
高崎駅には16時半過ぎに到着する。
(参考文献)
(※1)「地名の探究」(松尾俊郎著 新人物往来社 1985年)
(※2)「角川日本地名大辞典 群馬県」
(※3)「日本山岳ルーツ大辞典」(竹書房 1997年)
(※4)「群馬の峠」(岩佐徹道著 三共電器 1971年)
(※5)倉渕村公式サイトより。(現在移転のためリンク切れ)
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今回は現在のコメント無しで、当時のまま書き記してみました。
いやぁ、改めて読むと、気持ちが良さそうですね。
これを書いているまさに今は、雨で蒸した夏の夜です!
はやく風を感じたツーリングに行きたいものです。

それでは次回また!
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