中津峡から八丁峠、小鹿野へ(サイクルツーリングの記憶)

今回の「サイクルツーリングの記憶」は、季節外れとなってしまいましたが、紅葉の秩父路です。それでは・・・、


【 年月日 】 2002年10月末
【 ルート 】 秩父鉄道三峰口駅−R140−r210−金山志賀坂林道(八丁隧道)−R299−小鹿野(小鹿神社/一本杉峠/秋葉神社)−西武秩父駅
【走行距離】 約87キロ
【 車 種 】 ランドナー


朝の8時に秩父鉄道の三峰口駅に到着。ホームで吐く息は既に白い。指切りグローブの指先に冷たさを感じながら、体をほぐすようにゆっくりペダルを回す。
駅前からR140を進む。滝沢ダム建設中のためか大型ダンプが多い。雷電廿六木橋(らいでんとどろきばし)のループ橋を渡り、r210に進むと、この状態が更に酷くなる。1車線の道をクラクションを鳴らしながら大型ダンプがひっきりなしにすれ違う為、こちらはその隙間をぬって走り抜けるしかない。
しかし工事現場を過ぎてからは大型ダンプの姿は見えなくなり、ようやく落ち着いた。
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中津峡は絶壁が続くダイナミックな渓谷美が楽しめると言われている。
「新編武蔵風土記稿」によれば、「両岸は断崖絶壁にして、進退ここに極まるような所もあり、見上げても太陽さえ見えないほど谷は深い。(中略)他の山国は知らず、秩父郡第一の難所なり」と記されているほどだ(※1)。現在でもその谷深さは実感出来る。

中津峡で充分に紅葉を味わった後、小倉沢にあるニッチツの鉱山集落へ入る。
現役の鉱山である一方で、廃校になった小学校跡や、多数の崩れそうな廃屋などが見られ、その場所だけ時間が止まっているようだ。けれども古くは武田氏の金鉱採掘にはじまり、戦前の活性期には、商店や病院、ダンスホールまで存在した鉱山街だった(※2)。
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集落の端から金山志賀坂林道が始まる(写真)。道も狭くなり、いよいよ林道の風景だ。
途中、梯子の掛かった八丁峠への峠道入り口がある。その峠道の距離は八丁(約872m)にして峠名の由来になっている(※3)。

ひとしきり上った後、ようやく八丁隧道(写真)に到着する。時刻は12時丁度だ。
このトンネルは、明かりが全く無い中を約900m走り抜けるため結構怖い。ライトを点灯させて吸い込まれるように中へ。
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トンネルを抜けるとご覧の展望だ。
中津峡側は絶壁で展望が望めなかっただけに、この眺めはとても嬉しい。

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写真は下りの一コマ(自転車の向きが反対です)。
景色の良い中を、気持ちよく飛ばす。

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秩父への帰り道で5万図を眺めると、途中の小鹿野に「一本杉峠」、「団子坂峠」という2つの峠が並んでいたので、寄ってみることにする。
かつて困民党が終結したいう小鹿神社の脇から静かな小道を進むと、「四季の道・小鹿野」というハイキングコースに入る。(地図は小鹿野町観光協会のサイト様を御覧下さい。)残念ながら現地のコース図には峠の場所は記載しておらず、見当をつけながら急勾配の坂を押し上っていくしかない。

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上りの途中で赤い鳥居の近くに寄ると、そこから一本の大きな杉の木が見えた。「一本杉峠」の杉の木だ(写真)。木の根元には小さな祠もある。この木はきっと、峠の神様なんだろうなぁ・・・。
今度は東に上り、秋葉神社にたどり着く。「団子坂峠」は更に東へ進むと思われるが、道が険しいため諦める。いったん引き返して別のルートから探索を試みるも、結局分からなかった。

落ち葉を踏みしめ、タイヤを泥だらけにしながらR299へ復帰する。
小鹿野から最後のひと山を越えて、西武秩父駅には15時過ぎに到着した。


(参考文献)
(※1)「秩父の峠」(大久根茂著 さきたま出版会 1988年)
(※2)「山村と峠道」(飯野頼治著 エンタプライズ 1990年)
(※3)「日本山岳ルーツ大辞典」(竹書房 1997年)


埼玉県は秩父・奥武蔵と峠が多く、自転車で走るにも徒歩で歩くのも、好条件です。
電車も東京都心から出ており、輪行にも最適です。
是非、埼玉県へサイクリングでお越しください!

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